2004年11月16日 00:45

ジャカルタをベースに活躍する、ポップス・オーケストラの10周年記念として出版された本です。1991年にアンイェンのアニュエール・ビーチでのプライベートなコンサートが結成のきっかけだったようです。このオーケストラの名前は、その時の夕日にちなんで付けられたものだそうです。当初20人のメンバーだけだったようですが、現在では70人の音楽家と63人のコーラス隊を持つフル・オーケストラになっています。
この楽団はナタリー・コール、デヴィッド・フォスター、リチャード・クレーダーマンなど、国際的なアーティスト共演しています。1998年にインドネシアの国歌、国内の作曲家による作品、民謡などをオーケストラ・アレンジした「Simfoni Negeriku」というアルバムをリリースしています。
このオーケストラのリーダーで指揮者のアディー・MS(Addie MS)は1980年代にアメリカで録音技術や学んだ経験者だそうで、90年代にはアメリカの数多くシンフォニー・オーケストラの指揮をした経験を持っているようです。インドネシア国内では、プロデューサー、アレンジャーとして活躍し、数々の音楽賞を獲得しています。アメリカのニュー・エイジ・ミュージシャン、スザンヌ・チアニーズのアルバム「Dream Suite 」のオーケストレーションで、グラミー賞にノミネートされたそうです。2003年にニコラス・サプトラとリア・イラワン主演の映画「Bioia Tak Berdawai(弦の無いバイオリン)」の音楽監督をしテイマス。この映画は海外で高い評価を受け3カ国のフィルム・フェスティバルで受賞ししました。
数々のインドネシアのアーティストと共演、オーケストラの表情をとらえた美しいモノクロの写真集となっています。
参考サイト
The Twilite Orchestra Official PageBiola Tak Berdawai(Cinekom)

「ビューティフル・ディズ(Ada Apa Dengan Cinta ?)」の大ヒットで一躍人気俳優となったニコラス・サプトラとポップス歌手としても活躍しているリア・イラワン主演の2003年公開の映画のVCD。
モノごとに無反応の重度の身障者の世話をする女性と作曲に苦悩するナイーブなバイオリニストの心の葛藤を描いた問題作。3カ国の映画祭で受賞し、国際映画祭とアカデミー賞にもノミネートされた優秀作品です。
2004年11月15日 00:43
Sebuah Biografi(Kompas)

ティティック・プスパは1950年代より歌手、作曲家、俳優として活躍している人で、インドネシア芸能界の重鎮でありインドネシア・ポップスの正に生き証人。これは2003年に大手新聞社コンパスから出版された、ティティック・プスパの伝記本で、著者のニノック・レクソノはコンパスの記者です。1937年生まれ今年67歳ですが、もちろん今も現役バリバリで歌手、タレントとして大活躍中です。
彼女の生い立ちから始まり芸能界に入るきっかけ、長年のアイドルだったパティ・ペイジやエラフィッツ・ジェラルドの事などや、50年代から一緒に活躍していた仲間の歌手のエピソードなど、細かく語られています。彼女の伝記でありながら、インドネシア・ポップスの歴史をも浮き彫りにした内容の本です。彼女自身が手がけた400曲以上と夫のムス・ムアリムとのコラボレーションが600曲いわれています。詳しいディスコグラフィや、珍しい写真も多数あり、インドネシアのポップスを研究されている方には、無くてはならない本だと思います。

ティティック・プスパは1950年代より歌手、作曲家、俳優として活躍している人で、インドネシア芸能界の重鎮でありインドネシア・ポップスの正に生き証人。これは2003年に大手新聞社コンパスから出版された、ティティック・プスパの伝記本で、著者のニノック・レクソノはコンパスの記者です。1937年生まれ今年67歳ですが、もちろん今も現役バリバリで歌手、タレントとして大活躍中です。
彼女の生い立ちから始まり芸能界に入るきっかけ、長年のアイドルだったパティ・ペイジやエラフィッツ・ジェラルドの事などや、50年代から一緒に活躍していた仲間の歌手のエピソードなど、細かく語られています。彼女の伝記でありながら、インドネシア・ポップスの歴史をも浮き彫りにした内容の本です。彼女自身が手がけた400曲以上と夫のムス・ムアリムとのコラボレーションが600曲いわれています。詳しいディスコグラフィや、珍しい写真も多数あり、インドネシアのポップスを研究されている方には、無くてはならない本だと思います。
2004年11月02日 00:31
Recollecting(EMI 07243 596512 2 4)

ザ・クエスツは60年代のシンガポール・ロック・シーンをリードしてきたインストゥルメンタル・バンド。64年にシンガポールEMIのオーディションでデビューして以来、50枚以上のシングルやLPをEMIに残しています。当時の人気女性歌手リタ・チャオのバック・バンドとして多くのレコーディングをしています。彼らのサウンドは61年にシンガポール公演を行ったクリフ・リチャード&シャドウズをお手本にしたようです。
このアルバムはEMIでの64年のデビュー・アルバム「Call it Shandy !」から70年代までのザ・クエスツの軌跡を追った2枚組のコンピレーション盤です。24ビットでリマスタリングされており60年代サウンドが非常にクリアに蘇っています。
デヴュー当時は彼らがお手本にしたシャドウズを彷彿とさせる甘い音色のトレモロ・サウンドによるロックン・ロールのインスト曲が中心で、キース・ロックという男性歌手もクリフ・リチャードのようです。CD2の67年あたりではビートルズに影響を受けた曲なども多くなります。このころになるとファズ・ギターが登場し、GSサウンドらしくなってきます。ファズ・ギターを多用したマレー民謡の曲「Lengan Kangkung」などやアラブ調の「Mustapha」などのインスト曲など思わずニヤリとしてしまいます。スペクター・サウンドの「Da Doo Ron Ron」はタブラとシタールが絡み合ってサイケにアレンジされています。70年代には牧歌調にアレンジされた、森進一の「女のためいき」のインスト曲などもありなごめます。
ザ・クエスツ名義のインストゥルメンタル・サウンドはややオトナシメですが、リタ・チャオなど歌手のサポートに付いたほうが、より強烈なガレージ・サウンドでクレイジーぶりを発揮していたように感じられます。
参考サイト
Pretty Flamingo 2

ザ・クエスツは60年代のシンガポール・ロック・シーンをリードしてきたインストゥルメンタル・バンド。64年にシンガポールEMIのオーディションでデビューして以来、50枚以上のシングルやLPをEMIに残しています。当時の人気女性歌手リタ・チャオのバック・バンドとして多くのレコーディングをしています。彼らのサウンドは61年にシンガポール公演を行ったクリフ・リチャード&シャドウズをお手本にしたようです。
このアルバムはEMIでの64年のデビュー・アルバム「Call it Shandy !」から70年代までのザ・クエスツの軌跡を追った2枚組のコンピレーション盤です。24ビットでリマスタリングされており60年代サウンドが非常にクリアに蘇っています。
デヴュー当時は彼らがお手本にしたシャドウズを彷彿とさせる甘い音色のトレモロ・サウンドによるロックン・ロールのインスト曲が中心で、キース・ロックという男性歌手もクリフ・リチャードのようです。CD2の67年あたりではビートルズに影響を受けた曲なども多くなります。このころになるとファズ・ギターが登場し、GSサウンドらしくなってきます。ファズ・ギターを多用したマレー民謡の曲「Lengan Kangkung」などやアラブ調の「Mustapha」などのインスト曲など思わずニヤリとしてしまいます。スペクター・サウンドの「Da Doo Ron Ron」はタブラとシタールが絡み合ってサイケにアレンジされています。70年代には牧歌調にアレンジされた、森進一の「女のためいき」のインスト曲などもありなごめます。
ザ・クエスツ名義のインストゥルメンタル・サウンドはややオトナシメですが、リタ・チャオなど歌手のサポートに付いたほうが、より強烈なガレージ・サウンドでクレイジーぶりを発揮していたように感じられます。
参考サイト
Pretty Flamingo 2
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