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2004-12-16

Wong Pitoe

Wong Pitoe (Sony Music 518993.2)
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インドネシアでもユニークなバンド・グループ、ウォン・ピトゥ(ジャワ語で7人)のメジャー・デビュー・アルバムです。彼らはもともとカフェやバーなどで活動し、人気を得ていたようです。2003年に世界的に大ヒットしたラス・ケチャップ「アセレヘ~魔法のケチャップ・ソング」のパロディ・ソングをインドネシアでヒットさせました。
以前から注目していた彼らのこのデビュー・アルバムですが、随分と多彩なアルバムを作り上げました。アラブ・ポップスありジェームス・ブラウンあり、ムラユあり、なんと日本のロックなどもとりあげています。インドネシアでこれほどバリエーションに富んだアルバムも珍しい。しかも歌詞は彼ら一流のピリリと辛いペーソスの効いたパロディで貫かれています。これは今年一番の注目株といえるアルバムです。
じゃかるた新聞のBejoさんがインタビューをされたそうですのでここに掲載させていただきました。

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ウォン・ピトゥ・インタビュー text by Katsuhiko Haishima
●バンド結成のいきさつを教えてください。
(デニー、D)みんなそれぞれバンドをやっていたんだけど、友人のそのまた友人といった具合で知り合って、正式には2001年4月3日に結成した。ギラ(クレイジー)な連中が集まってできたってとこかな。
●どこかのカフェとか学生仲間だったとか。
(D)ジャムズに出入りしていたのが集まったという感じかな。サイドジョブとして、それぞれカフェやバーで活動していたところ、このメンバーでバンドとしてジャムズのオーディションに受かったのがきっかけ。でも、オレとペペはトリサクティ大学在学中に、キャンパスのギラなバンドとして鳴らしていたから。あの頃はバンドのコンテストとかで入賞したり、そこそこいってたんだ。
(ペペ、P)最初は3時間ばか話して、練習は1時間だけだったよな。今でもそれは同じか。
●ジャムズではどんなジャンルをやっていたんですか。
(D)何でもあり。トップ40ものから、ブラック・ミュージック、場所柄、もちろんジャズもやっていた。
(エディ、E)ジャカルタのカフェからカフェへと、どこでもやっていたから、ロックもレゲエも、その場次第で何でもござい。必要となりゃ、パントマイムも手品も披露しまっせ。 
(D)フォーマットにとらわれないエンターテイナーなんです。客を楽しませることが第一ということで、パフォーマンス全体を重視しています。
(E)でも、それぞれのジャンルのパロディではなく、音づくりは真剣にやってるけど。
●アルバムにはすべて違うジャンルの曲が収録されてますが、どういう狙いなんでしょう。意見の対立とかはないんですか。
(D)メンバーそれぞれ入れたいものを出し合って、よしやろうということで、こうなった。メタリカからスタンダード・ジャズまで、7人それぞれ好みもばらばら。でもライブではいつもいろんな曲をやっているから、その勢いで録音した。ビネカ・トゥンガル・イカ(多様性の中の統一、インドネシアの国是)のバンドってところかな。
●シングルカットしたアルバム1曲目のJempol Kakiはアラブ風ですが、どのようにして作られたのですか。
(チャンドラ、C)シャンダの実体験をもとに作ったんだ。あいつはちょっと歩くと足が痛い、痛いというので、それを詞にした。でも、この曲歌ってるのはペペだけど。ペペはああいうコブシで歌えるから。
(シャンダ、S)コーランの朗唱で鍛えたわけじゃないよな。ペペはクリスチャンだから。
●えっ、そうなんですか。
(S)華人だし。生まれも育ちもタナアバンだったよな。
●どこであのコブシを習得したんですか。
(P)お隣がモスクだから、っていうわけじゃないんだけど(笑)、妻も歌手で、カフェではダンドゥットもムラユも歌っていてね。それで影響されて、いつの間にかこういう歌い方もできるようになってた。彼女もクリスチャンだけど。
●アラブ風の音楽というと、インドネシアではイコール宗教音楽で、娯楽として楽しむためのものではないと見なされていますよね。でも実際はいろんな歌やスタイルがある。そういうことをきちんと認識している、インドネシアでは珍しいバンド、という印象を持ったのですが。
(オヨン、O)そうですね。この曲のアレンジは僕が担当したんですが、僕はこのバンドに参加する前は、トランスTVのDiva Dangdutという番組のバックバンドをまとめていたんです。ストリングス・セクションやキーボード類の譜面を書いたり、アレンジを全部つくっていました。この曲にも、その楽団のチェロ、バイオリン、ビオラ、レバーナ奏者の4人に、アディショナル・メンバーとして参加してもらっています。
●アラブの音楽とかはよく聴くのですか。例えばハレドとかモロッコのミュージシャンとか好きな人います?
(D)ハレドは知っているよ。いろんなのごっちゃ混ぜで聴くからなあ。とにかく新しいカラーというか、ジャンルにはこだわらず、ウォン・ピトゥしかできない音楽をつくりたいんです。
(P)「異端」ジャンルを追求するってとこかな。
(D)でもオレ最初、日本人の記者のインタビューって聞いたからさあ、Super Hero(アルバム6曲目)で関心持ったのかと思ったんだ。あの曲、J-ロックっぽいノリでしょ。
●えっ、日本のロックも聴いてるんですか。
(D)いろいろ聴いてるからね。とにかく、いろんな人を楽しませたいというのがベースにあって、いろんな音楽をやっているから。
(E)Digaluk(14曲目)は、子供も好きでよく真似して歌ってるぞ。
音楽歴を教えてほしいんですが、家庭ではどういう音楽を聴いていたのですか。
(E)父親がクロンチョン大好きで、飽きるほど聴かされて育った。TVRI(国営テレビ局)で毎週クロンチョン番組があってね。それからハワイアン。クロンチョンもハワイアンっぽいのがあるし。ほら、フグンってハワイアンのミュージシャンがいたでしょう、あの人の番組をよく観ていた。
●この間亡くなった元国家警察長官ですね。1970年代のインドネシアのハワイアン人気は、フグンがつくったんですよね。
(D)実は次のアルバムにはクロンチョンも入れる予定なんだ。
●クロンチョンもですか。クロンチョンというと、最近、ポップなスタイルのも出てきてますよね。
(C)オルケス・シンテン・レメンとかね。
(E)でもオレたちは違うスタイルでやる。彼らはクロンチョンがベースだけど、そうじゃないやつをね。
●時間が迫ってきたようなので。最後の質問ですが、ムラユ音楽っぽいのもやってますよね。
(E)あの曲はブロックMの物乞いの老女から着想してつくったんだ。ブロックMでは警備員からプレマンまでみんな知っている有名な物乞いです。あの辺りをいつも徘徊してお金をせがんでいるんだけど、彼女にとって人生は悲惨なものではないんです。
●そういう歌の背景があったんですね。ところで、あの曲のイントロには昔のマレー映画みたいなダイアログが入ってますよね。P・ラムリーの映画とか観たことあります?
(E)P・ラムリー!! 1本しか観たことないけど。えーっと、白黒のやつ、タイトルは何だったけな。
(D)この曲みたく、インドネシアのルーツ・ミュージックもまとめていくつもりなんですよ。だれもやらない、というか、やれないような音楽をつくっていきます。日本でウォン・ピトゥを広めてもらって、向こうでライブやりたいですね。
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興味深いインタビューですね。

さすがbejoくんですね。なかなか興味深いインタビューで。ハレドやPラムリーまで引っ張り出してくるところが並の記者じゃないつうか。“Jempol Kaki”はPVを見たんですけど、金がかけられないのか今一つでした。もっとごった煮的な映像を期待したんですけど、ちょっと単調かな?
まぁインドネシアにもこういうバンドが出てきたことは嬉しい限りです。次作にも期待大ですね。
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